このところ関東方面への出張に都合よく使われているような気がします。東京出張で夜になる→急遽横浜で仕事っていう日があってその時常用薬を持って行っていなかったことで痛い目に遭ったことがありましたが、あれ以来多いのです。
1日でハシゴせよっていうのはアレ以来ないですが、東京から茨城やら東京から千葉やらに、泊まりで連日行かされることが増えてきました。誰が行ってもいいんだけども、なぜか私が行くっていう状況です。このブログは今、茨城で書いています。
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木曜に東京、金曜に茨城ときたので、せっかくだから仕事あがった後少し観光とか趣味とかね。昨日は茨城の知り合いの家に泊めてもらって、今日雨の中、憧れの霞ヶ浦で釣りをしました。
職場が田舎なので東京で消耗した事のある猛者が少ないようで、関東で「うつ」になって関西に帰ってきた私に関東の用事が回ってきます。みんな東京が怖いんでしょうか。
関東でうつになったとか、いやそもそも、うつって言ってないから仕方ないのかもしれませんが、「東京にいたことがある」っていう理由で私を関東出張に使うってちょっと短絡的かつ閉鎖的すぎやしませんかね。サイコ―に効率悪いんですが、私は旅費の出る観光のような気分なので引き受けています。結局大事なところは本人たちが電話で話して決めているようなので私の責任は軽いですしね、むしろ何の意味があるのか分からないような仕事で気負わなくてよくなってありがたい。信じられないような現代の話です。
まぁよくよく考えてみたら、高校の時も「関東の大学に進学する」っていうだけで眉を顰められるっていうと言い過ぎかもしれませんけど、「え、そのレベルなら関西に○○大があるやんけ」みたいなことを友人からよく言われました。当時私は「いやいや人口変動なんかを見れば関西に残るのは違う、むしろなぜ関東の□□大にしないのか」とよく議論したものです。関西の田舎の関西志向はすさまじい物があるような気がしますね。
こういった地元を捨てる(本当にこういわれることがある)者へのプチ迫害のようなものがある故に、経験上関西志向が弱いはずの「関東の大学にいる関西人」は結構結束があったりするんですよね。郷土へのこだわりが薄かった故に離れた地で同郷の絆ができる。皮肉なものです。
大学まで関西で就職で関東に出てきた関西の人は「もっとこじらせてる」人が少数いて、はじめのころは飲みに行けば「関東つまらんわ」的な、主語が大きすぎる根拠のない愚痴を言われたのを思い出します。
地元がどの辺なのかにもよると思いますが、地方ごとに、謎の東京(関東)観みたいなのってあるんでしょうね。