ブロブロスキーのブログ

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リワーク編続きと臨床心理士によるカウンセリング【うつ病】

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私のうつ病の経緯シリーズ記事の続きです。前回はリワークプログラムでやった基本的な事なんかに触れましたが続きとして全部その認知行動療法(CBT)を紹介していくのではなくて、私が工夫してやっていたことや自分に起きた気付き等に触れられたらいいなぁと思います。

 

ちなみに前回の記事はこちらです。

www.brobroski.net

このシリーズの初めの記事はこちらです。

www.brobroski.net

この時期、リワークプログラムで前回紹介したものも含めもっと色々なCBTを受けながらも心の病に関する本をたくさん読みました。

 

このCBTのうち、臨床心理士さんと「感情が動かされた場面について深堀りしていく」いう練習をしていたのと、読みまくった本の合わせ技で、やっと私は「自分の家庭は普通ではなかった!(自分はACというやつだ!)」と気が付きました。それまで、私が育った家庭は幸せで一般的な家庭だと、何の疑問も持たず私は信じ込んでいたのです。

目次

 

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我が家は機能不全家族だった

「幼児を執拗に平手打ちすること」「真冬に幼児を外に締め出すこと」「存在否定や残酷な言葉を繰り返し幼児にぶつけること」「幼児の容姿をからかって道化を演じさせること」はぜんぜん普通ではなかったんですね。「病気の時にそばにいてあげる代わりに罪悪感を植え付ける呪いを吐き」、「成績の上下で私の存在価値が点いたり消えたり」・・・

 

つまり、自分は機能不全家族の育ち(サバイバー)なのだということに、アラサーになってからやっと気が付いたのです。実はメンタルヘルス問題の多くが、その瞬間にかかっているプレッシャーやストレスによるものだけではなく、家庭の問題でもあるということに、ここで気が付いたのです。本人、気付かない物なのですよ、文字通り死にかけても気付かなかったですから。

 

本屋をうろついていた時に出会って「タイトル買い」した、とある本(この著者が機能不全家族問題の権威であるとは知らずに、です)に、こんな言葉が書かれていました。

 

残酷な親や冷酷な親の仕打ちも忘れてしまえば楽なものです。ついでに、そうした親は立派な親で、ダメな自分を厳しくしつけて立派に育てたのだと親の理想化をしておけば、もっと楽に生きられます。

 

 さらにこう続きます。

ただしこの防衛の効果は、親以外の他人から残酷や冷酷を浴びせられるまでの期間しか効きません。

 

この部分は本当に見事に刺さりました、私を絶望させた状況というのは、言われてみれば「親からされた残酷な仕打ちと同じ」だったということを思い出しましたね。こうなった瞬間に「子供が親の愛を失うのと同じ絶望」が押し寄せるってことになるんです。

 

この本はとても古い本でそれなりに時代がかった書き方がされています。それに「過食症などの嗜癖」や「共依存」、「解離性障害」について主に書かれているんです。が、現代になって「AC」とか「愛着障害」「複雑性PTSD」とかって言われているものは根っこ(症状も、ですね)が共通した部分が多いですから家族問題を抱えている人には上記のような診断を受けていない方にもグサグサ来る本だと思いますね。一般向けですし。

 

リワークで会った臨床心理士のカウンセリングにも個別で通う事に

そして私はリワークに通う傍ら、この家族の問題で受けた心の傷を癒していこうということで臨床心理士のカウンセリングにも通いはじめます。

 

これに関しても詳しいことを書いていくわけではありませんが、いろんなことやりました。

・昔の話を深堀りする(記憶が飛んでるところがトラウマ要注意ポイント)

・愛着関係(親、他の養育者、恋愛)を詳しく話す(愛着の問題をあぶりだす)

・好きなものとか嫌いなものを素直に言い表せる土台作りをする

・自分の感情に気づく、それが存在することを受け入れる

・愛する練習をする(ぬいぐるみを撫でたり、動画サイトで動物の赤ちゃんを愛でる)

幼少期のトラウマに対してEMDRを実施する

 (※EMDR:眼球運動による脱感作および再処理法)

 

つまり、医師からは診断を受けていないけど複雑性PTSDの処置をしてもらったんですね。子供にとっての機能不全家族というのは戦場のように恐ろしい場所だということです。家庭で安全感が得られないまま神経むき出しの心で大人になったサバイバーたちは非常に傷つきやすく、心の問題を抱えやすいということです。

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で、このEMDR、効いたのかっていうと、そのトラウマ案件思い出した時の不快感は確かに下がりました。効いたんでしょうね。でも他の人の体験談みたいにその時のことが鮮明に思い出されて泣き叫んでしまったりとかして、その後全然平気になる、みたいな劇的なのはなかったです。単発性のPTSDに対する効き目に比べると、薄いというのもどっかで見た論文通りだったりするし、こんなもんかと納得だったりします。

 

ここでも本の紹介ですが、機能不全家族サバイバーの理解の助けになる本があります。この著者がいう「異邦人(つまりサバイバー)」はどのように世界を見ているのか、なぜ不可解な行動をとるのか、「異邦人でない人向け」解説書のようでありながら、新たな「異邦人」を生まないための良書だと思います。

 

どうか、心の病の人に向かって「甘やかされて育って、挫折をしてないから弱くて心の病になるのだ」という言い草だけはやめてあげてほしいですね。違うんです、「本来挫折から回復すべき場所でさらにボコボコに折られてた」から強くなれなかったのです

 

私が自分に関することの表現が実に下手なのは、つまり、ブログという自分を表現するツールの運営が実に下手クソなのは、これなんですよ。自分が他人の人生を生きていたことに気が付いて軌道修正がかかって「育て直し」に移行、数年しか経っていないからです。「自分の人生」小学生レベルなんですよ。そしてもう成長の黄金期は終わっているので「初めから自分の人生のみんな」に追いつくことはないのです(比べなくていいんだけど)。私はいつまでたっても人間として雑魚のままです。それでも、私はこの私を育てていくんですよ。

 

一方のリワークではマインドフルネスが非常に印象的だった

リワークのほうでも他にいろんなこと(曝露法とか、ソーシャルスキルトレーニングとか・・・)をやっていましたが、マインドフルネス呼吸瞑想が印象的でしたね。これが世間で認知され始めるのは、この時よりだいぶ後になってからですから、これを臨床心理士さんが説明しはじめたときはマジで「瞑想?なんだ、なんの儀式を始めるつもりだ、そういうクリニックだったのか?」と思いました。休憩時間に検索していろいろ調べるまでずっと「怪しいぞ、これはアカン奴やぞ」って思ってました。ごめんなさい。

 

でも説明自体は結構スッと入ってきましたね。まぁこれも今では流行っていますから私からブログで説明することでもないでしょう、呼吸に集中する、あるがままを受け入れる、観察する自己を意識する、・・・ってやつですね。

 

これは本当にできるようになって(できる/できないの境界がどのように存在するのかはっきりわからないですけど)よかったことですね。「自分が居る場所に自分が存在することに価値を見出す方法」というのは瞑想以外に私は知りません。

 

今回はこのくらいにしときましょう、次回は「試し出社失敗編」です。

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